道楽オヤジの気まぐれ写真館

写真・ちょっとお出かけ・パソコン好きなオッチャンの道楽日記です。

研修修了  宮川町通を歩く 最終回

二日間の研修、修了しました。
久しぶりの缶詰研修で、あぶなく今日も帰りに寝過ごすところでした。
ビッチリやるし、こっちも気が張っているし、それなりに疲れているのでしょう。
ブログを書きながら、PCの前で3時間以上も寝てしまい、こんな時間になってしまいました。

あまり細かくはかけませんが、これから取り組む工業会の仕事に「眼から鱗・・・」
のようなことが多く学べ、実務に応用できる内容の濃い研修でした。

さて明日・明後日と出社した後は、金曜日は日帰り出張。
今週はちょっとハードですね。
金曜日の新幹線の中で、しっかり寝ようっと



<宮川町通を歩く 最終回>

京都宮川町通の最終回。
松原通から団栗橋通にかけて歩くと、本当に「・・・らしい」街並みが続きます。



道の両側に町家が並ぶということは、石畳になっていますが、
当時の路幅なのでしょうね。



私のような路地好きにはたまらない、こんな路地



そして奥に暖簾の見えるあんな路地もあって
歩いていて飽きません。



北の端に当たる団栗橋通りから見た宮川町通。
花街の風情を肌に感じながら、のんびり散策するには
最高の路ですね。

軒に並んだ赤い提灯が燈る頃になると、きれいに打ち水がされることでしょう。

今度は、夕方から夜にかけての宮川町をぜひ散策してみたいです。



by かねごん

社外研修  宮川町通を歩く3

一日社外で研修。
さすがに疲れたのか、帰りの電車ではしっかり寝過ごしてしまいました。

でも、社外で全く違う業種の方々と一緒に研修をするというのはとても新鮮です。
その業界の考え方や動き等々・・・利害関係がないゆえに率直な情報交換ができるのは素晴らしいです。
そして業種が違っても何かの際には連絡が取れるネットワークができる・・・
社外で仕事をさせてもらえるが故に得ることができる、ひとつの貴重な財産ですね。

明日、もう一日がんばって来ます。



<宮川町通を歩く 3>

宮川町通も松原通を過ぎてさらに登ると、お茶屋さんが並ぶ一帯となります。



修繕改築しているところもありますが、その街並みは良く維持されていて
歩いていてタイムスリップしたような錯覚も起こします。



お茶屋さんの格子は、どれもきめ細かい格子が使われていて、
独特のやわらかさが伝わってきます。



こんな路地一つにも、花街の情緒が漂います。



東山女子学園は数少ない舞妓・芸妓のための学校です。
春は「都をどり」、秋には「温習会」が開かれ、
ここで学んだ成果を発表するそうです。



いい街並みに、ついつい足が止まってしまう通ですね。


by かねごん

起こされたぁ  宮川町通を歩く2

仮住まいに引っ越した母が、トイレなどの場所を間違えないか、念のため弟と交代で泊まり・・・
私は明日からの研修の宿題などを持ちこんでいたので、寝たのは朝4時半過ぎ。
「8時半まで寝れば4時間寝られる」と思って床に就いたのですが、7時半過ぎに弟が入ってきて
母に、「朝ごはん持って来ましたよ~っ」・・・って、二人ともまだ寝てるっちゅうの

ったく、弟が一番●●臭く早起きなんだなっ・・もう。
結局母も8時頃朝食を取って、私は家で食べるのでコーヒーだけ。

いやまったく、参りました



<宮川町通を歩く 2>

宮川町通も六波羅裏門通から松原通にぶつかるまでは、
お茶屋さんも並ぶ風情ある街並みが続きます。



観光客でごった返す花見小路界隈に比べると、静かで、
しかも景観が維持されていて気持ちの良いところです。



お稽古帰りの舞妓さんも、近所の方と声をかわしながら歩くなど
生活の中での自然な振る舞いが見られるのもいいですね。





こうして歩いていると、隠れ家的な街並みであることに気づかされます。


by かねごん

宮川町通を歩く 1

今日は息子が高校生の時に家庭教師をしてくれた方と再会し、お世話になったお礼を兼ねて夕食。
本当はもっと早くするべきなのですが、義母が亡くなったり、家内の入院、父の入院、諸々で
結局今になってしまいました。

食事をしながらいろいろな話をしましたが、やはり今の就職の状況。
彼も今年は大学3年、これからマスターを目指すとのことでしたが、周囲の就活組は
たとえ一流の大学でもなかなか難しい状況のようです。

私の弟の息子も大学4年ですが、まだ就職先が決まりません。
自分の会社も厳しい経営環境の中、新入社員の採用は大幅に減っているので、
わからなくはありませんが、早く落ち着いてほしいものです。



<宮川町通を歩く 1>

京都宮川町通は、鴨川沿いを通る川端通の東にある、南は五条通から北は団栗橋通までの
全長1kmにも満たない路です。



車の往来が激しい五条通からの入口は、マンションの横を入るごく普通の路地です。
入ったところは住宅街って感じですが、少し入ると町家が並ぶ京都の風情が漂う静かな通りとなります。





歩いていてすぐに気付くのが、電柱が茶色に塗られていること。
電柱や電線は古い街並みの景観を損ねるとして議論が絶えないところですが、
せめて電柱を街並みに溶け込ませようという配慮がうかがえます。

道幅は決して広くありませんが、車がほとんど通らないのでのんびりと歩くことができます。



六波羅裏門通を過ぎたあたりから、お茶屋さんが目立つようになってきました。

ここは祇園花見小路よりも歴史がある花街なんですね。


さて、今日はこれから引っ越した母のところへ泊ってきます。

by かねごん

久しぶりにカメラネタ

連休後の出社、一番気になるのは溜まったメールでした。
すごい時には200通を超えるメールが溜まったりして、単純処理するだけで、
夕方近くまでかかる時もあります。

幸いにして昨日は、溜まっていたメールはたった28通。
海外にもこの連休が伝わっているのでしょうか? とにかく驚異的な少なさでした。
おかげで工業会関係の仕事やらなんやら、散らばっていた仕事が結構片付きました。

そして今日も飛び込みもなく、平和に自分の仕事をこなすことができました。
いつもこうなら仕事が進むのになぁ・・・と課のメンバー全員、同感でした。



<久しぶりにカメラネタ>

D700を買った当初から「銀塩の色」の追求が課題になっていました。
私の場合ほとんどRAWはやらず、JPEG撮って出しで、その色を出す様な設定を模索してきました。
目指しているのはフジの『Velvia 100F』と『Provia 100F』
銀塩をやってこられた方はおわかりと思いますが、Velvia 100Fはかなり鮮やかな発色のフィルム。
(個人的にVelvia 100はちょっと派手すぎるので100Fのほうを使ってます)
これに対してProvia 100Fは比較的自然な発色(でもちょっと鮮やか)のフィルムです。

D700がなぜか黄色が強めに出る傾向なので、この辺をどう抑えるかがポイントです。






岩手県宮古市にて撮影

上の3枚はホワイトバランスをを5000゚KでM2に振って撮ったもの。
露出は-4/6EVプリセットです。

同時に銀塩で撮っていればよいのですが、あいにくこの時はD700だけ。
しかも被写体に赤が少ないので一概に言えませんが、銀塩でやってこられた方、どんなもんでしょう?
当然PLフィルターなどは使わず、UV(L41)だけです。


by かねごん

父の誕生日

連休最終日は父の91歳の誕生日。
「おめでとう」を言いに家族で病院に見舞いに行って来ましたが、いつもよりちょっと
弱気の父が気になりました。
物忘れが激しかったり、同じことを繰り返したりはしますが、頭で考えることはしっかり
しているので、最近声が十分に出せない自分に対して、意思をはっきりと伝えられない
もどかしさがあるのでしょうか。
「病は気から」・・・先ず自分がポジティブになってくれないと・・・
やはりまた母を連れて行って「愛の鞭」でも入れてもらわないといけないのかなぁ?


母のほうは、「自分の役割」を考えていて、なかなか頑張っています。
今晩は私が夕食の担当日。
家内が作った夕食を自転車で届け、一緒に食事してきましたが、自分が今何を
しなくちゃいけないか・・・結構考えているようです。
「体を慣らすのはいいけど、絶対無理しすぎちゃだめだよ」とだけ、しっかり言って
来ましたが、これは本人も十分理解しているようでした。


この連休中、いろいろなことがあり、結局自分の時間はほとんど取れませんでした。
依頼されていた原稿も3本あって、暇があればこれを書いて、先程メールで送付。
何とか間に合いました。
(何といってもこの私が、連休中にヨ●バ△カメラに1回しか行っていないんです)


来週、月・火曜は工業会の研修があり、これからその事前学習の提出もしなくちゃ
いけません (本当は提出期限とっくに過ぎているのですが)><



そんなわけで、今日は写真のアップはありません。
何はともあれ、先ずは自分が潰れないように頑張りたいと思います。


by かねごん

強気の母  爆音

午前中は家内の家族と義母の墓参りに広尾まで、午後は実家から仮住まいへ搬入された
母の荷物の整理と忙しい一日。(と言っても荷物は必要最小限ですが)

夕方、母も一泊した施設から戻ってきましたが、思った以上にしっかりした足取りで、 昨日出て行くときと同様、車椅子も使わずに歩いて部屋に入ってきました。

母にしてみれば、回復している自分を精一杯見せて、短期で仮住まいを終わらせ、
家に戻るという、意思表示なのかもしれません。
でも、寝たきりで弱気になっている母よりも、こうして強気の姿勢のほうが、回復も
より早くなってくれるんじゃないかな?
勿論無理が過ぎれば逆効果ですが、少しでも前向きにリハビリに向かいあってくれるよう
ケアマネージャの方とも相談しながら、進めて行きたいと思います。



<爆 音>

昨日・今日と厚木基地の米軍さんが、なかなか派手に飛んでくれてます。
硫黄島で訓練後、厚木基地に帰投して来るのですが、時には3-4機編隊で飛ぶこともあります。
今日はそこまでではなかったですが、2機編隊で飛ぶ姿も。 以前の画像はこちら

家内の実家は私の家よりも基地に近く、しかも進入路の真下・・・
当然のことながら、なかなか派手な爆音が響き渡ります。
昨日の夜、夕食で家内の実家に行っていたので、真下から迎撃・・・じゃない激写??


EA-6B プラウラー


F/A-18E スーパーホーネット

ISO6400まで感度を上げて、-1EV
レンズが24-70mmなので拡大しているので、ノイズが目立つのはご愛嬌ということで・・・

結局、夜間離発着訓練はありませんでしたが、夜7時過ぎまで飛んでました。


by かねごん

お見送り  築地で京の芽吹き

明日は実家の母を弟のマンションの1階へ引っ越し。
その準備で今日は母を1泊、施設で預かっていただくことになりました。

10時前に迎えの車が来ると、ご近所の皆さんが、わざわざ見送りに集まってくれました。
母もそれに応えてか、車椅子も使わず、一人で歩いて車に乗り込みます。
「早く良くなって戻ってくるんだよ」の声にしっかりと手を振って応えていました。
絶対無理してる・・・と思うのですが、これが母のご近所への精いっぱいのお礼なのでしょう。

母を送り出した後、弟と新居、いや仮住まいに持って行くベッド、テレビ、仏壇など、
いつでも戻ってこれるように最小限の荷物だけ、運ぶ用意をしました。
明日、引っ越し業者には弟が立ち合い。
私は家内と2月に亡くなった義母の墓参り後、仮住まいの方で合流です。

枕が変わってもちゃんと眠れてるかな?



<月島界隈で見つけたもの>

毎度のことながら、新しい路を歩くといろいろな発見がありました。



月島三丁目で見つけた畳屋さん。
のぞいてみると、昔ながらの藁の畳床を昔ながらの畳包丁で、ザクッザクッと
見事にヘリを落としていました。
最近の畳床は、藁を使わないものも多くあると聞きます。
昔ながらの畳床を扱う・・・きっと畳屋さんの腕の見せ所なのでしょうね?



こちらは月島二丁目で見つけた銅張りの壁。
なぜかわかりませんが、二階の壁だけが銅張りで、いい色になっていました。
もしかして、張りたての頃は眩しく輝いていたのでしょうか?



同じく月島二丁目の路地。
月島は戦前の長屋がそのまま多く残っています。
ここも四軒長屋が並ぶ一角で、庭がないので、二階に物干し台があります。
歩いてみると何件か、空家になっている所もあるようでした。



月島の晴海運河沿いにある防潮堤。
海抜が低いために高潮対策で設けられた防潮堤とのとですが、
その内側は近隣の方の花壇に使われていました。
盆栽をはじめ、ホウズキ、キキョウの花も咲いて、散歩の目を楽しませてくれます。


<おまけ>

築地を歩いていると、こんな看板を見つけました。



「有次」・・・この文字、どこかで見たことがあるような・・・

京都市内にお住まいの方は、ピンと来た方もいると思います。
そうです、京都錦小路にある包丁の老舗「有次」さんと同じ字体です。

帰ってきて調べたら、大正七年に京都有次から独立して、日本橋に店を構えたのち
築地に移転したそうです。

こんなところにも京の老舗の息が芽吹いていたんですね。
これはちょっとした発見でした。


by かねごん

頑張った母  月島の路地

以前にも書きましたが、母のところへ弟と交代で(と言っても私は水曜・土曜だけ)
夕食を届けていますが、昨日は私の番。
家内が作った食事を夜7時半過ぎに届けて支度をしていますが、昨日は何と母が
ベッドで寝て食べるのではなく、食堂のテーブルで、椅子に座って食べてくれました。

骨粗鬆症からの圧迫骨折、少し良くなっているようで、トイレに行くときの歩き方も
以前とは比べ物にならない程、しっかりしてきています。

そこで、無理をさせてはいけないと思いつつも、「がんばって食堂で食べてみる?」
と聞くと、「やってみる」という力強い答え。
椅子の背にクッションを当てたりして、無理がかからないようにして座らせ、
久しぶりに母と二人で、他愛もない話をしながら食事をすることができました。

私は頑張ってくれた母が本当にうれしかったし、母も頑張った自分がうれしかったようです。
無理はまだまだできませんが、これが自信となって少しずつ良くなってくれればと思います。



<築地から月島>

月島を歩いていて気付くのが、細い路地の多いことです。
京都の路地とは趣こそ違いますが、車も通れない、細い路地が無数にあります。
でもその一つ一つが、そこに住む人々の大切な生活路となっています。








いずれの写真も月島二丁目にて撮影


道が狭いゆえに、排水路が道の中央にあるというのもユニークです。

この辺は東京でも戦前の町並みが残っている数少ない所だそうです。
建物も老巧化で建て替えようとすると、消防法で道路幅を広げなくてはならない。
でも、そうすると道路のために立ち退きを迫られる。
だから結局修理して家を使う・・・
単純に「街並みを守る」という精神とは違う、複雑な背景が聞こえてきました。


by かねごん

秋の花粉  月島もんじゃ焼き

昨日は連休前の駆け込み仕事がドカッ!
片付けてから休みに入ろうとしていたら、帰りも遅くなってBlog更新できませんでした。
そんな訳で、今日は早めの更新です。


先週後半あたりから、ちょっと目がかゆいかなぁ・・・と思っていたのですが、
今週に入ってからは、会社から家に入ってしばらくすると、一時的にクシャミが止まらなくなります。
うーん、9月半ば過ぎて、秋の花粉(たぶんブタクサ)が始まったみたいです。

私の場合、春のスギ・ヒノキ花粉も比較的軽症(と思ってる)ですが、秋はそれよりも軽いので、
マスクも要らないし、春と同じ薬を飲んでおけば、症状はかなり楽になります。
ま、10月末くらいまで、また花粉とのお付き合いです。



<築地から月島>

勝鬨橋を渡って最初の大きな信号、歩いてきた晴海通りと清澄通りの交差点。
ここを左に曲がると月島になります。

そして月島と言えばもんじゃ焼き?
発祥の地については諸説あるので言及しませんが、もんじゃ焼きの店が多い・・・これは確かでした。
Webで調べたら少なくとも数十店。
「月島もんじゃ振興会協同組合」なんてサイトもあるほどです。 ⇒ こちらから

このサイトに載っている店の他に、ちょっとした路地を入ったところにも「もんじゃ焼き」
の看板があちこちにあります。





通りの両側に3件も・・・





実は私、まだもんじゃ焼きを食べたことがありません。
お好み焼きは一人でも気にせず入れますが、もんじゃ焼きって一人・・・じゃないですよね?
・・・って私の思い込み??


by かねごん

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